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 「研究所に通っていたときに、研究生のひとりから“日舞を教わりたいから、紫乃弥さんの師匠に聞いてもらえる?”って頼まれたんですよ。それで踊りの師匠に相談したら“あなたがやりなさい”って。伊藤先生へご相談申し上げたら“それはいい。研究所のみんなも着物着られるようにならないといけないからな”と言われて。そんなつもりは全然なかったのですが、それで研究所で日舞のレッスンをすることになったんです」

 そのとき弱冠二十歳。本当は、自分が教えるなんて一切考えておらず、引き抜き(一瞬の衣裳替え)に憧れて日舞の舞台に立ちたかった。
 本衣裳を着て踊りたいという想いから、本気で生活の安定した仕事に就こうと考えていたぐらいだった。それが、どういうわけか、研究所でのレッスンにはじまり、ある劇団での代講師の仕事にまでつながっていく。

「わたしって、人に伝えるどころか、本当は人前で、人が怖くてしゃべれなかったんですよ。信じてもらえないんですけど(笑)。何か言ってもスグ隠れて逃げるタイプ」
 ところが、研究所の課題で歌舞伎の『外郎売(ういろううり)』をやるときに、伊藤正次から、あることを指導されたのをきっかけに殻が破れた。

「君は、体操をやって空手もやって、踊りもやってるんだ。全部、入れなさい、と。それで、全部のパフォーマンスをやりながら外郎売の口上を、“薬師如来も照覧あれと、ホホ敬って外郎はいらっしゃりませぬか”ってやったらできたんですよ。動いていたら人前でセリフが言えた!」
 藤間紫乃弥が演じた『外郎売』は、今でも関係者の伝説になっている。

「先生は、わたしがやってきたことを見て、わたしを活かしてくれたんですよね」
 自分が人前でしゃべることに自信が持てたことで、そう思った。
「君は、いままでやってきた習い事を、ちゃんと全部きちっとやってきたから活かせる人なんだよ。それを宝にしなさいって言ってもらって、ああ、なんだ無駄じゃないんだ。いろんなことやってきてよかったって」




 実は、藤間紫乃弥の踊りの師匠と伊藤正次は、伊藤正次が俳優座に在籍していた頃に縁があった。「師匠は、創作舞踊公演の踊り手。伊藤先生はスタッフとして。うちの師匠が創作舞踊公演で踊っている姿をみていらしたとか。不思議ですよね。研究所での縁と、自分の踊りの師匠の縁。自分がこれまでやってこれたことには、必ず誰かのつながりがあるんです。わたしは、そういう人と人との縁に恵まれてきた。それは自慢なんです(笑)。だから、しっかり生きなきゃって」

 これまで、自分が伝える、教える人間になることに、どこかで抵抗をしてきた。いや、いまも闘っているのかもしれない。それは、あるべき伝達者、指導者に自分は近づけているのかという闘いでもある。

「伊藤先生には、ときにはぶつかったり、いろいろ心配もおかけしました。自分の立ち位置が定まらずに悩んでいたことも先生は気にかけてくれていたし。最後に先生にお会いしたとき、なぜか先生に“わたしはもう大丈夫です。先生とは分野は違いますが、師匠から教わった事と先生が教えて下さった事は同じ。空手を通して教わった事も!同じ!全部伝えていきます。厳しいままやります”って約束してるんですよ。だから、あとは約束を守るだけ。それで、いつか空の上で再会したら“頑張って厳しい顔してたな。アレが辛いんだよな!”って言ってもらえたらいいなと……“いや、まだまだ甘いな紫乃弥君”ですかね?」

 自分に厳しく、弟子や生徒にも、あえて厳しく。それが、伝えることを通して人間をつくるという伝達者の仕事。研究所に通いながら師から受けた教えを、いままた、今度は自分が伝える立場になり、伝えながら弟子や生徒に教えられている。

「だから、もっとちゃんと自慢できる師匠にならないといけない。そうなれるように、今も先生や師匠、家元にはどこかで教えてもらってます。だって、先生のところにいたとき、研究所にいたときが完成じゃなくて、そこからスタートして自分で考え始めることが大切じゃないですか。守ることが大事じゃないですからね。だから、わたしは止まりませんよ(笑)」

取材・文 / ふみぐら社

藤間 紫乃弥  Fujima Shinoya

伊藤正次演劇研究所元研究生。藤間勘紫乃師へ入門、同師執立のもと宗家藤間流にて名執となる。実師匠引退後、紫派藤間流家元、藤間紫師のあずかり弟子となり、現在二代目の弟子となっている。1992年、各流派合同新春舞踊大会「清元『子守』」にて、奨励賞受賞。1993年、第一回藤間紫乃弥の会を主催。1998年、第二回紫乃弥リサイタル「幻椀久」にて実師匠と踊る。2008年、第三回紫乃弥の会「流星」にて初世家元(牽牛)と実姉弟子(織姫)に見守られて踊る。2010年、日本舞踊協会主催・新作公演「新△道成寺」。2011年、第54回日本舞踊協会公演、日本舞踊協会主催・新作公演「かぐや」。紫派藤間流舞踊会、藤間勘紫乃舞踊会、日本舞踊協会主催公演などの舞踊公演に多数出演。古典作品の他、創作舞踊・舞踊劇にも意欲的に参加。演劇公演出演、振付、所作指導など多方面に渡り活躍している。



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