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 演劇の畑を経験し、研究所で表現者として地に足の着いた姿勢を学んだ福田栄香は、伝統音楽の世界でも、師との約束を果たし稲穂を実らせた。
 2004年には家業の三ッの音会三代家元となり、2009年、二代福田栄香を襲名。アーティスト・デーモン閣下との『邦楽維新Collaboration』にも参加するなど、伝統音楽の世界での新しい表現者としての活動も行っている。

 知らない人から見ると、演劇をやってきたから、新しいことをやりたがっていると思われがちだが、そうではないと福田はいう。
「邦楽の演奏家も演劇の役者も、表現者として人に見せるときの所作、振る舞い、視線や空気感の纏い方はすべて同じ。志の高い“真”の表現でなければ、人に見せることはできない。デーモンさんとの競演も、最初は絶対やらないと思って観にいったんです。でも、彼の演奏を聴き、人間性に触れて、この人となら何かつくると面白いんじゃないかなと。逆に、デーモンさんからは、本当の古典を演奏できる人だからこそ、違う音楽とセッションしたら何か生まれるんじゃないかと言われたんです」

餅は餅屋。いくら目新しいことでも、本物がつくるものにはかなわない。研究所で本物の大切さを叩き込まれた人間として、そこは譲れなかった。だからこそ、技術と精神の伴う本物同志が出会い、新たに大きな力を生み出す奇跡や喜びを信じている。そして、それがきっと出来ると信じて進んだ結果に、今の自分があるのだと。




「本物の大切さ、ということは、それまでも色々な人から言われていたと思います。でも、胸に迫って来ないんですよ。それが、何故か先生に言われると、もう、どうしようっていうくらい悲しかったり、嬉しかったりする。とにかく、真摯にひとつのことを、未知である私達に教え続けてくれました」
 同じことを語っても、研究所での先生の話は全然違ったという。

「人として、いまやるべきことは何か。それをやらずに、演技を一生懸命やっても駄目なんだと。逆に、その本質的な軸がブレずに修業を積めば、表現者として成功するはずだという教えを先生は刻み込んでくれました。芸は熟していっても、そのエネルギーの源は、ずっとそのまま持ち続けたいし、先生に見守っていてもらいたい」

 3年前から、地元で邦楽に親しんでもらうためのアンサンブル活動も始めた。筝・三絃などの演奏、歌、朗読、トーク。源氏物語などを分かりやすくオリジナルに脚本したものを、朗読を組み込む形で三曲を奏でる演出。そこに生まれる“間”と朗読の声の“表情”は、まさに「研究所で先生と出会わなければ、生まれなかった表現世界」だ。

「海外に行くと、国も文化も異なる大勢の人が邦楽の世界に興味を持ってくれて、心を通い合わせようとしてくれます。でも、残念ながら邦楽の心を知っているはずの日本人のほうが、敷居の高いという様な先入観に捕らわれがちで、なかなか近寄って来てくれない。日本人として、邦楽の演奏家としての悲しい現実に向き合い、何とかしたいと心が躍動したのも、先生の教えに出会ったからこそ。邦楽の魅力を分かっている人間が、自ら魅力を伝える側、表現する側にならないと。アンサンブルでは、福田栄香というひとりの人間を通して、飾らない姿で“日本の音”の奥深さ、神秘を感じてもらえたら」

 伝統音楽の魅力をもっと多くの人に知ってもらうために、自分自身が愛する邦楽のための“表現者”としての活動こそ、師に誓ったもうひとつの約束だ。

取材・文 / ふみぐら社

福田 栄香  Fukuda Eika

伊藤正次演劇研究所元研究生。幼少より、父福田種彦から箏、三弦の手ほどきを受け、三歳にて初舞台を踏む。1993年文化庁芸術祭賞を最年少で受賞、1997年文化庁芸術祭優秀賞を受賞、若手演奏家としての古典演奏の評価を不動のものとした。1999年のドイツ国内巡演、以後海外公演多数。2004年三ッの音会三代家元となる。2008年平成20年度文化庁文化交流使となり、単身にて東南アジア3ヵ国で活動。2009年二代福田栄香を襲名。現在、公益社団法人日本三曲協会理事。生田流協会理事。三ッの音会三代家元。舞台、テレビ、ラジオでの演奏、教授活動の他、国際交流及び文化紹介、伝統音楽普及活動にも励む。また、近年デーモン閣下とのコラボレーションでも話題を呼ぶ。

生田流 三ッの音会・福田栄香 オフィシャルサイト



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