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 伊藤は、また、言葉というものにも厳しかった。言葉の美も表現の一部として大切にしていたからだ。研究生が行う研究所の公演でも、日本語の持つ情緒、抑制を感じる作品を数多く上演した。
「言葉が大事だからこそ、言葉を伝える表情、非言語の深みを知ることを先生は教えたかった。非言語の世界の人だったと思いますよ。我々の世界、歌も非言語が大事なんです。悲しい歌なんだけど、淡々と歌う。そのうえで文学的な抑揚があってこそ、心をつかまれるものがある。いまは、そういう歌手が少なくなってしまいましたが…」

 あまりにも、いろんなことが起こり、ひとつの悲しみが消えぬまま新たな悲しみがやってくるような今の時代。だからこそ、そうした時代の中で照らされ浮かび上がる俳優、表現者がいる。そうした人たちは「時代が大切に応援してくれているのだ」と酒井は言う。
 そして、時代に大切にされる俳優、表現者に共通しているのが「人間としての奥深さや味わい、そして時代とシンクロできる非言語感覚。研究所は、そういったものを勉強する、 稀有 けう な場所だったと思いますよ」




 伊藤正次と出会い、研究所の公演に通い、非言語という表現の世界に魅せられた酒井は、その奥深さを自らがプロデュースする楽曲にも取り入れようとした。言葉も数字も、すべて言語。“間”だとか表情は、すべて非言語。当時、そうした非言語の魅力を音楽作品に活かしたいという話をレコード会社の会議で話しても、ほとんどの人間が「ポカン」としていたという。
 それでも、自分には分かる、という感覚を「特許のようなものだ」と大切にしていた。

 山口百恵の名曲『美・サイレント』。サビで、あえて歌詞を声に出さない“空白”があることで有名だが、これも、演劇的な発想から生まれたものだ。

「歌詞を声に出さないということで、聞き手が自分の中に、もうひとつの風景をつくる。ひとり芝居なんです。でもそれは山口百恵だから、できたこと。彼女は、表情で語る女優心がある歌手だった。でも、面白いですね。もし、研究所に行っていなかったら『プレイバック』や『美・サイレント』などの作品は生まれていなかったかもしれない」
 研究所との縁、そして、その縁から生まれた音楽作品。すべてが、つながっている。そのつながりを酒井は「覚悟」という言葉で表現する。

「伊藤先生も、本物の人間、本物の表現者をつくるという、もの凄い覚悟を持っていた。いま、これから残っていくのは覚悟を持った人であり、覚悟から生まれる何かです。3.11以降、いまの時代のほうに、本当の日常が戻ってきている。いろんなことを、これほど考え、生きていかなくてはいけないということは覚悟がいること」

 そうした覚悟を持った作品や表現者が出てくるのを、伊藤正次は遠くから応援しているに違いない。

取材・文 / ふみぐら社

酒井 政利  Sakai Masatoshi

音楽プロデューサー。伊藤正次演劇研究所の公演には、毎回足を運んでいた。立教大学卒業後、日本コロムビアを経てCBS・ソニーレコード(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)へ。南沙織、郷ひろみ、山口百恵、キャンディーズなど数多くのスターを世に送り出し「愛と死をみつめて」「魅せられて」で二度の日本レコード大賞受賞。プロデューサー生活45年。伝説のプロデューサーと呼ばれる。現在、酒井プロデュースオフィス代表取締役社長。



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