自分を演じるということ

目白大学短期大学部 社会福祉援助技術1(全15回)
Ito・M・Studio 伊藤慶子、伊藤留奈による、
「演劇を通して人間を理解する」演習授業インタビューレポート/2011年7月

 
目白大学短期大学部の樫木八重子教授にお話しを伺いました。


介護福祉の現場が、あることで困っているという。施設などで働き始めた若者が、利用者であるお年寄りとのコミュニケーションがうまくできずに戸惑うケースが増えているのだ。

昔と違って、身近にお年寄りがいない環境で育った若者にとって、相手がこころを開いてくれない、こちらの思いが伝わらないということは、想像以上にこころが折れてしまう経験なのかもしれない。

コミュニケーションの壁を越えるには、まず自分から変わっていくことが大切だということを、どうしたらうまく、介護の世界で頑張る若者たちに伝えられるのか。人の役に立ちたいという、純真な気持ちで介護現場に立ちながらも悩む人に、なにかできることはないのか。

介護福祉の現場に立つ人材を送り出している、目白大学短期大学部の樫木八重子教授は「自分に自信を持って、自分を内側から輝かせる、つまり相手にとっても魅力のある人間になれるトレーニングとして、演劇のメソッドを取り入れられないか」と考え、Ito・M・Studioに相談した。
 
そもそも、なぜ学生が演劇を学ぶことが、介護現場や仕事でのコミュニケーションに役立つのか。よく勘違いされることだが、演劇を学んでお年寄りを楽しませることであるとか、ただ単に人前で大きな声で話せるようになるとか、そういうことのために演劇を学ぶのではない。
 
演劇というのは、自分ひとりでは完成できないもの。相手役がいて、脇をかためるいろんな登場人物がいて、お互いがお互いを意識しながら、ひとつの舞台をつくりあげる。仕事と同じで、いくら自分だけがうまくやろうとしても、相手との呼吸が合わなければ失敗する。それは、まさに「仕事の凝縮版」。

 
 
この日はプロの役者を交えて演じた
 

そういったことを体感し、いろんな気付きを得て、人に自分が伝えたことが、人から自分にフィードバックされる喜びをもってもらう、まさに「役を生きる」ことを学ぶために演劇に学ぶのである。

世の中全般に、仕事の現場では、効率やコストが優先される中、やり方をマニュアルで指示しておしまい、ひとりひとりの状況に対応できる余裕もないというのが実情。だからこそ余計に、ノンバーバルコミュニケーションと呼ばれる、顔の表情や声のトーンなどの「隠しようのない」部分で相手にいかに魅力を持たれるかが重要になってくる。

授業では、演劇における心と身体のメカニズムに始まり、言葉を使った表現技術や、戯曲作品を通して自分以外の人間の心情を体感したり、自分を表現することなど、さまざまな演習を行い、最後は学生同士でひとつの作品を演じることを行う。ときには、演習の中でプロの役者たちと一緒に演じることで、演じることのちからを目の当たりにすることもある。


学生たちは、最初「なぜ、こんなことを」と疑問に感じる。
それでも演習をくり返し、作品を演じる頃になると、いろんなことに気付く。「自分が、ただそこに立っているだけでも、いろんなふうに見られていたんだ」「自分の伝えたいことだけを言って、それで伝わったつもりになっていた」etc.

自分がふだん見ている、思っている世界の範疇の狭さ。そして、自分の範疇の外をいかにイメージできるかということが、演劇はもちろん、いろんな仕事でも重要になるということを身をもって知る貴重な時間が、この演劇を通した授業だ。


「介護福祉というのは、相手のいいところを探すことから始まります」。樫木教授はいう。「ただ、そのためには、こちらから積極的に相手に働きかけないとできない。何もせずには見つけられない」
 その部分で、どうしても最初は学生たちが、勘違いしてしまう部分がある。つまり、素のまま、ありのままの自分で相手に接すれば、相手も素直に自分に心を開いてくれるというものだ。

「素直であるということは、人間としてとてもよいこと。でもね、って学生に言います。たとえば、あなたが朝、機嫌が悪くて、そのまま仕事をすることはできないでしょ。どんなときでも、自分がキチッと話さないと、聴こえない、心に伝わらない。相手を振り向かせることができない。所作、振る舞い。それって演劇の基本ですよね。だから、まず、どんなときでも相手に自分が伝わるように、素敵な自分をつくること。そういう自分の魅力づくりを体験してほしいと願っています」

 なにより、学生たちが介護現場で接するのは人生の大先輩である人たち。いろんな生活体験があり歴史があり、そこに裏打ちされた信念や価値観、生き方を持っている。そのレベルに自分がついていくためには、自分を意図的に高めていかなくてはいけない。

「学生には、演劇もふくめて、もっといろんな体験をしてほしい。いろんな世界を知って、教養ある人になってほしいと思います。ですから演劇の授業でも、あえて今の学生が知らない世界、古典の中の言い回しも含めて体験することで、何かひとつでも自分の世界を広げるきっかけになればと」

この授業を受けたことがきっかけで、お芝居に興味を持つようになり劇場に足を運んだり、表現することの魅力を知って文化祭で劇を演じる学生も現れるようになった。そうやって、自分から新しい世界の扉を開いていくこと。それは介護の現場に通じる扉でもある。

 
 

「この仕事は対人援助職です。相手に自分の魅力を伝え、相手の魅力を探せるような信頼関係(ラポール)を築く。そのために、自分から意識的に人間関係をつくっていかなくちゃいけない。自然に勝手にできあがるものじゃないのです。ご利用者は人生の先輩ですから、見抜かれちゃいますよ。自分が低いレベルで相手に接していたら、それなりのものにしか返ってきません。自分の魅力を高めて相手に認めてもらわないと」

自分を演じるというと、人によってはマイナスのイメージを持たれることもあるが、そうではない。対人援助のプロとして、相手の良さを引き出し、一緒に人間関係をつくりあげるために、相手に接する立ち振る舞いや言葉のひとつひとつが、相手をあたたかい気持ちにも、かなしい気持ちにもさせる。まさに「自分を演じる」ことなのだ。

「そういった仕事の土台が、こうした授業を通して少しでも養われるのではないかと思っています」

樫木 八重子 Kashiki Yaeko


目白大学短期大学部生活科学科教授 社会福祉学、介護福祉学が専門。「高齢者、障害を持つ方のQOL」「認知症ケア」を研究テーマとしている。筑波大学大学院教育研究科修了。社会福祉士・介護福祉士・介護支援専門員。