「何にも有りませんよ、そういう事実は、しかし、いろんな兆候がどうも不安なんです」

台詞のbaton27

村井華代(共立女子大学教授)→石井みつる(舞台美術家)

医師リウーは門番の遺体を隔離してしまうと、医師会の会長リシャールに電話した。

リウー「こういう鼠蹊部の熱について何か知っているかい?」
リシャール「 僕は全然わからない」
N「リューは幾人かの医師を呼び出し調べた結果」
リウー「死亡が二人、ひとりは48時間以内、もう一人は3日目だ、後の方の患者なんか、その朝診て来たときには、すっかりなおりかけてるように見えたんだが—」
リシャール「もしそういう例があったら知らせてくれ」
N「その後の調査の結果」
リウー「二、三日の間に二十名ばかりの類似の症例が得られた。ほとんど全部が死亡であった」
N「彼は医師会の会長リシャールに新た患者の隔離を要請した」
リシャール「僕にはどうにも出来ないよ—県からの手続きが必要だからね、それに何かそういう事実があるのかね、伝染の危険があるっていう」
リウー「何にも有りませんよ、そういう事実は、しかし、いろんな兆候がどうも不安なんです」
N「話しなどしている間に、天候が崩れ出した。門番の死んだ翌日には非常な濃霧が空をおおった。車軸を流すような豪雨が断続的に町の上に襲いかかった。嵐を含んだ暑気がこの突然の驟雨に続いた。海までがその深い青さを失い、そして濃霧の空のもとで目の痛くなるような、銀色もしくは鉄色の輝きを帯びた」

小説『ペスト』
作 アルベール カミュー

14世紀ペストの流行で当時のヨーロッパの人口の3分の一から3分の二が死亡したと言われている。新型コロナの影響で、カミューの小説ペストを読みなおしてみた。伝染病の不安と不条理を描いたカミューの「ペスト」の一部を多少台詞にしてみました。中国、武漢市で最初にウイルスを訴えて、当局から拒否され、汚名をきせられ、コロナに感染して亡くなった医師、その後中国政府から勲章を与えられ英雄となる。

★batonは石井→庭田愛子さんへ
バトンはKALECO2015『青い鳥』でネコを演じた庭田さんへ